あんぐるエフ

kam's デジカメ・フォトノート

播州赤穂
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またまたしばらく前になりますが、3月5日〜6日、一泊二日で、仕事で訪れた播州赤穂の想い出写真です。
家を6時すぎに出発して、東京駅から、朝7時47分、広島行きののぞみ101号で。
ちょっと久しぶりの新幹線でした。



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10時50分ごろ、学生時代を過ごした懐かしの姫路に到着。赤穂線に乗り換えです。



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播州赤穂行きに乗ります。



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11時半すぎに播州赤穂に到着。
振り返れば、2006年に訪れて以来、12年ぶりになります。



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赤穂浪士、忠臣蔵のふるさとです。



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訪ねたのは駅から徒歩すぐの「赤穂民報社」。
「赤穂民報」は、1968年(昭和43年)創刊、ブランケット判で毎週発行2万部の歴史ある地域新聞です。
今回、これまでのEDICOLORでの編集からInDesignでの編集に切り替えるための2日間講習講師で、おじゃまさせていただきました。




泊まりは駅前の東横INNで。



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ちょっとビックリしたのは放射線量。0.085μSv/hあたり。調べてみたら、赤穂も兵庫県もだいたいこのくらいで、けっこう高めであることがわかりました。なぜなのでしょう?



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帰りは相生から新幹線に乗り換え。相生駅での様子です。



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6時前に通過した京都の夕景から。

充実した、とてもいい旅でした。
学生時代からの懐かしの赤穂、また行けて良かった!

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沖縄ツアー(11) キャンプシュワブ ゲート前
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「辺野古フェンス」をあとに、米軍海兵隊軍事基地キャンプシュワブのゲート前にやってきました。
新基地建設反対の座り込みや抗議行動が繰り広げられているところです。

実は、ぼくが想像していたのは、こんな大きな車道のある、車がふつうに行き交う広々とした場所ではなくて、海岸沿いの山道をたどっていった先にある山の中の狭いゲートだったのでした。
それが、まったくもって違っていたのに、まずビックリしました。

いつも、写真や動画で見ていたのに、こういうところだというイメージはまるで持っていませんでした。
なぜだろうとと思うに、たぶん大飯原発が再稼働するというときに、現地で夜を徹した抗議行動がおこなわれ、それを動画配信で見ていたときの(あのときの悔しさは忘れられない)、ああいう場所のイメージが強くあったのだと思います。なんか笑っちゃう感じですけど。



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向こうが正面ゲートです。



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ゲート側の歩道には「テント等設置禁止」の立て看板が。



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入口のところ。
警備の人がいますが、いろんな車が何台も出入りし、近づいても、別段なにも言われもしませんでした。



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ゲートの反対側の歩道です。
「新基地断念まで座り込み抗議 1301日」と書いてあります。1301日というと3年半です。

「1・28 渡瀬夏彦お話会」のお知らせ看板も。
この日は1月27日だったので、翌日ということでした。

その先には、いまだに証人喚問をこばんでいる国民的卑怯者とも言われる安倍昭恵氏も見にきたという、テントがずらりと並んでいます。



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テントの所に行ってあいさつし、お話ししたり、テントの中を見てあるいてみました。



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抗議行動や取り締まりの騒然とした様子も想像していたのですが、このときは、人影も少なく、とても静かなゲート前でした。



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横断幕がならんでいます。



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ゲート側の装甲車が止まっている左端あたりが、工事車両が出入りするゲートだそうです。



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行ってみると入口あたりには、ギザギザの鉄板が敷かれていました。座り込みさせないようにしているのだそうです。そういえば、ずっと前、こういう鉄板を敷いたという話をきいたことを思い出しました。これがそうか。



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キャンプシュワブゲート前というのがどういうところなのか、実際に見ることができて、思っていたのとは全然違っていたこともふくめ、とても身近なものになりました。



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テントのところに、やさしい仙人みたいな方がおられました。
「撮っていいですか?」とたずねたら、即OKしてもらえました。
ベジタリアンなんだそうです。
その関係で上尾にもお話に来られたことがあるとのことでした。



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2泊3日の日程を終えて、夕刻、那覇空港に到着。



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夕闇の那覇空港。



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外に見えている20時40分発のANA476便、東京行きに乗ります。



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空港待合室での放射線量は、0.026μSv/hでした。低くていいですね。

初めての沖縄、とっても楽しく、ためになり、沖縄がうんと身近になった、充実した3日間でした。行けて良かった!
時間があったら、高江や戦跡をはじめまだまだ行ってみたいところもたくさん、またこんどぜひ。

沖縄が、基地のない美しい平和な島として生まれ変わっていけますよう、これまでにもまして、心から応援・連帯していきたいと思います。

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沖縄ツアー(10) 辺野古フェンス
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「へのこテント村」を訪れた後、すぐ近くの浜にある辺野古フェンスに行ってみました。

このフェンスの向こう側が、広大な米軍基地キャンプシュワブです。
米軍基地ではこうやって基地の仕切りにフェンスや鉄条網、高い壁がはりめぐらされています。
ここが米軍の領地だぞ、というわけです。
米軍には、かつての熾烈をきわめた沖縄戦で多大な犠牲のうえに勝ち取った戦利品として沖縄の軍事領地があるという考えがあるのだそうです。シュワブも名誉勲章を受章したという、その戦死者の名前です。いまも、こちらは戦勝国だぞという意識があるのです。

こうしたフェンスや鉄条網で仕切っているところからして、日本とは一線を画していることがよくわかります。
日本の中に、治外法権の米軍基地があり、こうやって仕切られている。
というか、実は、米軍としては、フェンスの内側が本拠で、フェンスの外側は原住民、基地の外のやつらという感覚なのでしょう。
その感覚の一番の例として、例の密約をもとに、この内側にかけこみさえすれば、どんな事件や事故、犯罪を起こしても、日本の裁きを受けることはないことに決まっているのです。米軍の連中はみんなそれを知って、その感覚でいます。
米軍様々なのです。原住民とは違うのです。おまけにここの原住民たちは、思いやり予算というのを貢いでくれて、その優雅な生活までハイハイとお殿様みたいにお助けしてくれるのです。だから、態度もデカイです。

こんな特権をもつ人間たちが地上に存在して良いものでしょうか。米軍が、どんだけエライというのでしょうか。世界に出かけていって脅しをかけ、平和を脅かす、強大な武力を持っているというだけの集団ではありませんか。
ハラが立ちませんか? こんなこと、誰が決めたんですか、って思いませんか。



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そのフェンスに、たくさんの寄せ書きや横断幕などが取り付けられています。



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これを見たときの最初の感想は、「ここに、こんなの取り付けちゃって大丈夫なの?」ということでした。

これをめぐっては、地元の人が困るとか言って、この取り付けに苦言をのべているサイトもありますが、地元の人というよりこのフェンスは米軍のものなので、米軍が嫌がるのは明らかでしょう。
これは米軍のフェンスなのです。地元の人が困るということがあるとすれば、取り付けられたものにではなくて、米軍が嫌がることについてなのではないでしょうか。つまり、米軍にとりこまれている人たちにとって困るという意味なのでしょう。それは当然そうでしょう。

米軍が嫌がってくれていいのです。嫌がってこそ意味がある。そのためのものなのだから。
なので、そのサイトは米軍の代弁をしているだけのようにもみえます。

また、米軍にすっかり取り込まれているらしい地元の青年会が、この寄せ書きや横断幕を取り外すクリーン作戦をおこなったというサイト情報がありますが、取り込まれている側としてはたしかに困るだろうし(困らないほうがおかしい。困ってくれて=気にしてくれてありがとう。無視されては拍子抜け)、クリーン作戦も米軍の要請によるものか、または米軍への忖度でおこなっているのではないでしょうか。

それと、取り付けられているのは、たしかに県外のものがほとんどです。
それを問題にするサイトもありますが、では県民のものならよいのかということになります。県民のものなら地元は困らないとでもいうのでしょうか。

だいたい、辺野古の問題は、まったくもって、沖縄だけ、辺野古だけの問題、地元の問題なんかではありません。
日本の領土と主権の問題、日本全国の平和と安全の問題です。国民全員が向きあわなくてはならない重大問題です。
かりに沖縄県民が全員とりこまれて新基地建設に賛成したとしても、日本の問題、自分のいる国の問題として、ぼくは断じて反対です。他県の国民が全員反対することだってありえます。それが何か問題でしょうか。

これは、原発と同じです。
原発を容認する愚かな県や自治体がいまだにあります。事故が起こっても何の責任もとるでもなく。
容認してしまう首長や議員らこそがいちばんの責任者ですが、容認させるためにカネをばらまいて、周辺自治体にも及ばない立地自治体の首長や議会だけをとりこんで、原発を作り、稼働させようといういつものやり方がなんのとがめもなくおこわれてしまうという異常なこの国。

けれど、どんなにその自治体や住民がとりこまれてOKしようが、原発の問題はもっとはるかに広範な地域と住民にかかわることであるし、その影響と核のゴミの問題は、現在と将来の国民にとっての途方もなく長期にわたる重大問題として引き継がれていくことになるのです。
チェルノブイリや福島第一原発の事故以来、そんなことがもうあまりにも明らかなのに、その県や立地自治体だけの、地元の問題などでおわるわけがありません。

それを、県外、県内など区別すること自体に、問題を取り違えているか、わざと目くらましようとしているか、米軍と政府にとりこまれ、忖度しているかといったようすがうかがえます。

平和な世界への障壁、解決されなくてはならない問題は数々ありますが、世界に展開する米軍基地はその第一の障壁だと思います。
小型核兵器の先制攻撃さえ公言する傍若無人な米軍こそが世界の平和と安全をそこなう元凶であるとぼくは思います。
戦後の米軍との密約にしばられ、縦横無尽にいいようにとりこまれて、目下の同盟者として米軍の世界支配のしくみを支えさせられている日本の現状をぼくは望みません。

何度でも言いますが、米軍基地は世界戦略のためにあるのであって、日本列島は、日本のどこにでも基地を置いて良いという密約にそった、その基地の配備場所にすぎないのですから。日本列島にある米軍基地の配置図を見ればすぐにそのようすは分かります。

日本とアジア、世界のほんとうの平和と安全、そのための日本の在り方を考えて、アジアと世界支配をもくろんで日本にさらなる巨大新基地を押し付けようとする米軍と政府に対して、それはダメだと、なんらかの意思表示をすることが必要だと思います。
黙っていることは、米軍と政府、軍需産業、戦争屋に、好き勝手にやっていいと言っているのと同じです。
誰かがなんとかしてくれるのではありません。
日本人が日本の立場で日本と世界の在り方を考え、意思表示しないでどうなるでしょうか。



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沖縄ツアー(9) へのこテント村
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大浦湾の展望台から次に向かったのは「へのこテント村」(座り込みテント村)です。
ここは、辺野古新基地建設に反対して、長年にわたって座り込みをつづけているところです。



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こんなふうにテントが張ってあります。



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「勝つ方法はあきらめないこと」。



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座り込み連続日数がしるされています。
この日の5032日というと、13年10ヵ月近くになります。
闘争開始からだと、2639日+5032日=7671日、21年になります。
「不屈館」で見た「不屈」という文字が目に浮かびます。



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テント村に入ってカンパを渡し、辺野古の基地建設とそれを許さないたたかいの状況について説明していただきました。



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これが新基地建設計画。
進入禁止区域がもうけられ、作業船が何台も出ていて、強権暴力的にどんどん進行していると思われたりもする新基地建設ですが(カヌー隊の様子や土砂搬入の様子、コンクリートブロックの投下などを見ていて、ぼくもそう思っていた一人でした)、実際には、さまざまな事情からこれまで幾度も計画変更を余儀なくされていて、実際には全体の1%ほどしか進んでいないこと、図の左の方には断層がみつかっており、手前の美謝川のルート変更も認可はされていないなど、計画はいくつもの難題に直面していて、翁長知事や沖縄県民の反対の民意で、この計画は絶対に阻止することができる、とのお話で、とても勇気をもらいました。

また、計画にそって、辺野古の海を海面より10m高く埋め立てるための土砂(2,1000万㎥)は、10トンダンプ約350万台分にもなるそうで、日夜休まず毎日250台ずつで運び込んでも約38年もかかる計算になり、とてつもなくムリな計画であることも明らかにされています。

膨大な自然破壊と膨大な建設費用を投じて、アメリカの軍事支配と戦争のための米軍基地を造るなんて、とんでもないことだと思います。

ウソつき・違法改ざん・戦争したがる安倍首相や管官房長官らがいう「辺野古移設が唯一の解決策」とは、たんにアメリカ軍部のいいなり、戦争や埋め立てで儲かる連中のいいなりになっただけの言い分です。
戦争屋のエサにされてはなりません。

より強力な基地をつくり、より強力な軍備を備えたりするのでなく、沖縄から、日本から、アジアから、世界から軍事基地をなくしていくことこそ、戦争そのものをなくすために必要なことなのではないでしょうか。



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「命どぅ宝」(ぬちどぅたから:「命こそ宝」の意味)。



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むこうに広がるのが大浦湾です。

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沖縄ツアー(8) 大浦湾
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名護市辺野古にある、世界一の規模を誇るアオサンゴとジュゴンが棲む海、大浦湾(おおうらわん)の景色です。

きれいなエメラルドグリーンの海です!



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安部(あぶ)海岸から辺野古方面へ国道を少しもどって、山道を登っていきました。



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10分くらい急坂を登っていくと、そこは、大浦湾を一望できる瀬嵩(せだか)灯台跡展望台。



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船が見えます。



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オレンジの大型フロートを連ねた仕切り線のようなものが「臨時制限区域」(「進入禁止区域」)です。

陸地の森の向こうが在日米軍海兵隊の基地、キャップシュワブです。



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作業船のようなものも見えます。



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いくつもいます。



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フロートから出ているとんがった針のようなものは、カヌーなどの侵入をさせないためのものだとか。



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辺野古に向かう国道から眺める大浦湾。

この穏やかな海を埋め立てて、たくさんの貴重な生きものの生態系を破壊して、できあがるのは戦争のための米軍基地だなんて、ぜったいに許せないと思いました。

基地はいらない!
戦争はいらない!
辺野古の海と生き物を守ろう!


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沖縄ツアー(7) 安部(あぶ)海岸
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ツアー3日目の午後、訪れたのは、名護市の東側にある安部(あぶ)海岸。
ここは、2016年12月13日夜9時半ごろ、向こうに見えるギミ崎の沿岸に、MV22オスプレイが墜落し大破したところです。



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墜落現場は、国道(地図の黄色い道路)まで最短500m、ぼくらが立っている(現在地)すぐ後ろの道路沿いの集落まで700mという距離。



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ちょっと泳いで行けそうな距離です。



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墜落場所は海岸岩場で、機体はバラバラに大破したことから、着水とか不時着というかたちではなく、飛行制御できなくなって落ちたと見られています。

米軍は、事故原因はオスプレイの欠陥によるものではなく、空中給油中の乗組員の操作ミスだとし、さらに「県民や住宅に被害を与えなかったことは感謝されるべきだ」と言い、「安全が確認されるまでの一時飛行停止」を発表しましたが、例によってやがて再開。



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あたりにはふつうの民家がたくさんあります。



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すぐ先には国道も。

オスプレイに限らず、民家の近くで軍事訓練をしたり飛び回ったりするのはやめてほしいと思いますが(アメリカ本国では禁止されているという)、米軍は日本のどこにでも基地を置き、自由に軍事訓練できることを日本に約束させ、国がこれに従順に従っているために、どうにもできない状況にあります。

ことしになって埼玉の上空(一部東京も)にもオスプレイが飛来し飛び回ったことが確認され、先日も宮城での日米合同演習に向かうオスプレイ2機がここ上尾上空を飛ぶのが確認されました(下に関連画像)。

日本の国土全体が、アメリカのアジア全体の軍事基地配備の一部と考えられていて(日本は米軍基地置き場、軍事演習場)、住民の安全などは考慮されていないのが現状です。
米軍はけっして「友達」なんかじゃないことは、ネルソンさんの本を読んでも明らかです。
米軍にとって日本人は、基地周辺にいる人間たち(原住民みたいな? たしかにそうだけど)ていうか、「友達」とは違った感覚なのでしょう。



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ことし1月に確認された情報にもとずく、埼玉上空(一部東京も)のオスプレイの推定飛行ルート。



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2月21日に確認された上尾上空を飛ぶオスプレイ。



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つづいてもう1機。

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沖縄ツアー(6) お食事処
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沖縄名護市で食事に行ったところです。
こちらは、1日目、2日目の夕食で訪れた「ゆきの」。
すごく繁盛していて、外で順番待ち。



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とんかつ、寿司、海産物と、メニューがたくさんです。



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こちらが「アグーのやわらかステーキ定食」。美味しかったです!
どのお料理も小鉢がいろいろ付いてて、ボリューム満点です。



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こちらは2日目のお昼に行った「宮里そば」。



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お店に入ると、こんなのが。



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おそばは黒くないです。っていうか、うどんみたい。



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3日目のお昼は名護漁港で。



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こちらで。
屋根の上にシーサーがいました。



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本日のおすすめ品。



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お店に入ると、シーサーが迎えてくれました。



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漁港ですから、お魚いっぱい。



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沖縄の魚、251種類だって。食べきれないよ!



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こちらが、本日のおすすめ日替わり定食「マグロの漬け丼定食」。
すごいボリューム!

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沖縄ツアー(5) シーサー & 石敢當 & 名護市役所
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沖縄といえば「シーサー」ですね。
「シーサー」は、家や人、村に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けとされる伝説の獣です。
名護の町を歩き回ってみると、あちこちに、いろんな「シーサー」がいました。



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こちらもあちこちにあった、魔よけの「石敢當(いしがんどう、いしがんとう、せっかんとう)」。



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こちらは名護市役所。
市役所の屋上にも「シーサー」が並んでいました。



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名護市は「非核宣言都市」。



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市役所にはアグー豚の像もありました。
アグー豚は、琉球在来豚。名護はその里なのだそうですよ。

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沖縄ツアー(4) 嘉手納基地
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普天間第二小学校の次に向かったのは、嘉手納基地。

基地に向かう道路脇に、どこまでもどこまでも基地のフェンスが続きます。



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「道の駅かでな」に到着。



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「道の駅かでな」の4階展望場から眺める嘉手納基地の左端。



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右に向かってずーっと滑走路がつづいています。すごい広さ!



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飛行場の真ん中あたりには戦闘機のようなものと、格納庫が見えています。



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「道の駅かでな」3階学習展示室には、嘉手納基地にまつわる展示物が並んでいます。
これは真上から見た嘉手納町と嘉手納基地。
基地の広大さがわかります。
町全体の中で、基地が中心で、居住地はまるで沿道=その他であるかのように見えてしまいます。



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もともと村落のあった場所に、基地が居座ったことがわかります。



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ここから発進していたベトナム戦争当時の戦闘機。いかにもワルっぽい印象です。
これはつまり、沖縄が戦争の出撃基地になっていたということです。



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嘉手納基地に飛来するたくさんの米軍機が紹介されています。



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オスプレイもいます。



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ものすごい軍事基地という感じです。

戦争のない世界を願う平和憲法を持つ国が、こんな、戦争のための軍事基地に協力しているというのは、そもそもおかしなことだと思います。

アメリカは、日本に主権を返還するふりをして、米軍の特権と基地は維持できるよう密約を結びました。
こんな状態で主権があるわけがない。こんな状態で戦争がなくせるわけがない。

[カメラ]
FUJIFILM X-T1
XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
XF55-200mm F3.5-4.8 R LM OIS


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沖縄ツアー(2) 普天間飛行場 〜 世界一危険といわれる基地
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沖縄ツアー、「不屈館」のあと見学に向かったのは、宜野湾(ぎのわん)市にある普天間(ふてんま)飛行場です。



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嘉數高台(かかずたかだい)公園と「京都の塔」がある方向に向かいます。



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公園に到着。
石段を上がっていきます。



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石段の先の高台にある大きな丸い建物が、宜野湾市を一望できる展望塔です。



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 平和都市ぎのわん

この展望塔は地球を象徴しています。
宜野湾市は昭和60年3月18日「反核、軍縮を求める平和都市」を宣言しました。
第二次大戦中激戦地となったここ嘉數高台から世界の人びとに恒久平和を呼びかけます。
宜野湾市民は子孫繁栄を願って人類の滅亡につながる核兵器の廃絶と軍備の縮小を強く求めます。
かけがえのない地球を人智をもって守りましょう。

 宜野湾市



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米軍海兵隊基地、普天間飛行場が見えます。



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オスプレイがたくさんいます。



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宜野湾市のど真ん中に作られている普天間飛行場。
まわりにはたくさんの市街地、民家があり、「世界一危険な基地」といわれています。
普天間飛行場は、米軍によって民間地が強制的に取り上げられて作られました。
2,800mの滑走路をもち、在日米軍基地でも山口県岩国市にある岩国基地(岩国飛行場)と並ぶ有数のヘリコプター基地となっています。



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2004年8月13日に米海兵隊のヘリコプターが墜落した沖縄国際大学も見えます。



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こちらは「京都の塔」。



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昭和二十年春沖縄島の戦いに際して
京都府下出身の将兵に二千五百三十有余の人びとが
遠く郷土に想いをはせ
ひたすら祖国の奥陸を念じつつ
ついに砲煙褌雨の中に倒れた
また多くの沖縄住民も運命を倶にされたことは誠に哀惜に絶へない
とくにこの高台付近は主戦場の一部としてその戦闘は最も激烈をきわめた
星霜十九年を経ていまこの悲しみの地にそれらの人びとの御冥福を祈るため京都府市民によって「京都の塔」が建立されるにいたった
再び戦争の悲しみが繰りかえされることのないよう
また併せて沖縄と京都とを結ぶ文化と友好の絆がますますかためられるようこの塔に切なる願いをよせるものである
 昭和三十九年四月二十九日



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公園には、ヒカンザクラがたくさん咲いていました。



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普天間飛行場を間近で見ることができる「2Aゲート」にも行ってみました。



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ここから埼玉にも飛来してきているというオスプレイ。

軍人を見ると虫ずが走るぼくですが、なんとも異様な、戦争の現場の雰囲気を感じさせられました。
あんなものを作ることで儲けているやつらもいるうえに、日本政府はあれを1機約103億円も出して(米軍は50億〜60億円で買っているというのに)17機も買おうというのです。
武力による威嚇も戦力も交戦権も放棄した戦争しない国であるはずの日本が、どうしてそんなことをしなければならないのか。。。たくさんのオスプレイを見て、あらためて憤りを感じました。

[カメラ]
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XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
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